運転士  藤原智美

 あまりぱっとしないエッセイやぱっとしない小説を書いている、その後の著者のありようから推測していた通り、ダルな小説だった。主人公は地下鉄の運転に自足する青年だが、テツ男のように鉄道に熱い情熱を持っているわけではない。オタクというわけでもなく、ずばり病理学用語の正しい意味での「偏執狂」の青年である。彼の規律正しさへの執着、鞄の中に女性がいるという幻想を有するような閉塞した精神は、それなりに肯定されているようだが、彼もまたダイヤの遅れを生じたら、加速してでもそれを取戻そうとしそうで、西日本鉄道のそれのような大惨事を引き起こすであろうことを思えば、良かったね、自分の世界で自足できて、とも言っていられない。その世界がビビッドで魅力あるものならともかく、ただひたすら無機的でひたすらダルなだけ。大方自分の経験を小説にしたのだろうと思ったが、経歴を見るとそうでもない。そうすると少なくとも取材をするという労は払われたようだ。

第107回
1992年前期
個人的評価★★

カイ  無機的な整合の世界と、それで内面を支える人物へ綿密に付いて、それによって作品の情念のボルテージをじわじわと高めた(古井由吉)
ヤリ  機械と人間の関係の感覚が私には古風に感じられる(日野啓三)