2012-11-01から1ヶ月間の記事一覧

限りなく透明に近いブルー  村上龍

村上龍の小説をかつて私は愛読し、そのうちのいくつかの作品から、頭の中で何かがパチンと弾け、ある凝り固まった観念から解放されるという経験を得た。すなわち彼の小説は私をより多く自由にしてくれた。しかし中には興味が持続せず最後まで読みおおせなか…

蛍川  宮本輝

この小説は日本の近代文学の一つの極である。「風景の発見」/「国木田独歩的転倒」というものを極めれば、このようにその高度の抒情性を玩味すべき小説になるのだ。たとえそれが偏向であろうと失考であろうと、ここまで極めればそれは何ものかである。ここ…

エーゲ海に捧ぐ  池田満寿夫

イメージの散逸、奔騰ぶりがこの文章を読ませるものにしている。国際電話で会話するという状況設定とともに、短編としてはそれは有効な方法と言える。しかし彼の文業は後にも先にもこれだけである。版画家・彫刻家としての最初からの限界だったのか、それと…

僕って何   三田誠広

文章がリーダブルで好ましいが、逆に言えばそれはという問い、自己分析が甘いためである。学生運動というものがいかに跼蹐したものなのか良く分るという資料性はある。運動家によっては、この小説では遠景視されている暴力にもっと深くコミットした人間もい…

榧の木祭り  高城修三

都会にも西洋にもまだ開かれていない日本の郷村における性風俗としての祭り。性と供犠の秘祭。彼らは元々山人なのだろう。そうであればこそ、食料としての榧の実をもたらす榧の木が神様となる。しかし彼らは同時に白米をお白さまと言って尊重する。農耕に転…

志賀島  岡松和夫  

1975年の時点で評価を受けるような「大東亜戦争」の総括がどういうものなのか、それが良く分る小説。我々は敗戦という事実に決して正面から向かい合っては来ず、ただ和歌の詠嘆や仏教の経文の晦冥をぶつけてそれを凌いできただけなのだ。昔のままの姿を残す…

伸予  高橋揆一郎

のぶよ、という変な名前の女教師が、善吉、という変な名前の生徒に「恋をする」(トチ狂う)らしい物語。―この恋許されるか・・・・というのが文庫本の帯のキャッチだが、そんなもん許されているに決まっているだろ。すべてが許されている状況下で、さてどうすると…

祭りの場  林京子

文章がかなりひどいが、文章がひどいなどという技術的批判を許さない題材であることが辛い。被爆という民族の悲劇を扱う小説の、その欠点を上げつらってもしょうがないのである。今回は、批評は回避して、ただ評家の言に耳を傾けるほかはないような気が私は…

九月の空   高橋三千綱

これって「武士道シックスティーン」の原作 ? 「剣道部活動報告書」か。 銓衡の席上で、誰かが「青春を、青春の時点で書いている」と言っていたらしいが、文学にとっては至難のこの技を、この作が達成しているとは思えない。いくら青春とはいえ少女を描くに…

土の器  阪田寛男

「土の器」とは瀬戸物などのことではなく、キリスト教で言う人間の肉体のこと。キリスト教徒である母の晩年を描く。タイトルにキリスト教を引いた割には、内容はその母を取り巻く親族の仏教的諦念である。 自らの母の病中の苦闘と変貌を描くことに一体何の意…

やまあいの煙  重兼芳子

朝日カルチャーセンターの「駒田信二の小説教室」出の受賞作家として話題になった。しかしその出来はやはりカルチャーセンターどまりとでも言うしかない。登場人物にもストーリーにも無理がある。こんなに知った風な口を利く隠亡がいるだろうか。仏教の修行…

あの夕陽  日野啓三

バルザック「従妹ベット」を読んだ直後に読まれてしまったという不運もあり、この小説は特に矮小なものに思えてしまった。ソウルの旧王宮の庭園などが出てくるのにもかかわらず、この小説は基本的には、四畳半とまでは言わないが、この小説の舞台たるアパー…

愚者の夜  青野聰

外人の愛人(妻 ? )がいるくらいで自分を「非日本人」、「非生活人」だと思いなしていた男が、どうしようもなく、まるで汚濁を引き受けるように「日本」と「生活」を引き受けるという話。それだけのことが、恥ずかしく甘ったるく語られる。外国人とどんなに奇…

月山  森敦

土俗というものの外在的研究。クンデラに言わせればキッチュというものになるかもしれない。第70回 1973年後期 個人的評価★★カイ 雪深い集落の冬籠りの生活を、方言をうまく使って、現世とも幽界ともさだかならぬ土俗的な味わいで描き上げた手腕(井上靖) ヤ…

モッキングバードのいる町   森禮子

外地妻の寂寥もの、というほとんど芥川賞の一ジャンル(三匹の蟹/大庭みな子 、過越しの祭/米谷ふみ子、ベティさんの庭/山本道子、あれ、四作だけ ? )みたいな作品。結婚後の幻滅を外地で迎えるとその索漠はひとしおであり、そこから人間が、そして大抵の場合…