2012-10-01から1ヶ月間の記事一覧

草のつるぎ  野呂邦暢

本作は著者の自衛隊入隊の経験を生かした小説だ。しかし読み始めるとすぐにあたかも集団的軍事訓練を前にしたような倦怠感に襲われる。肉体的苦痛はまだしも、耐えられないのはそれが退屈極まりないものであることが予測されるためだ。これが実戦であれば、…

父が消えた  尾辻克彦

なんとなくこの人は名文家たるところで評価されたのだろうと思っていたが、読んでみたらそうではなかった。多分、前衛芸術家、赤瀬川源平とペンネームを使い分けていることからくる先入観のせいだろう。この文章では別に源平でいいのではないか。そうかとい…

鶸  三木卓

敗戦後、満州の闇市で煙草を売り捌いて生計の道をつける兄弟を描く。飼い鳥の鶸を手放し難い思いから、自ら絞め殺すところがヤマだが、その場面が全く浮いていて説得力なし。最後の父の死の場面も浮いている。しかし題材とタイトルとで10点がとこ底上げがさ…

小さな貴婦人  吉行理恵

多分、彼女の詩を読んでも得るところは何もあるまい、ということを知らしめるに足る散文。兄としての淳之介が「分りにくい。行分けでもしたらどうか」などと評しているのは微笑ましい。彼女が1975年、「針の穴」で、初回候補になったときは、淳之介は「私は…

れくいえむ  郷静子

この小説のもっとも良質な部分は、二人の少女が心を通いあわす往復書簡の部分にある。そこから互いの存在の孤絶に至るところだけ、もう少し短く凝縮して表現した方が良かった。この小説が長い(280枚)のは、国外の「戦死者」と国内の「非国民」とを生んだ天皇…

夢の壁  加藤幸子

終戦後の中国からの引き上げを描きながら、この表現と結構の規矩正しさはどうだろう。基本的に両国の善人しか出てこない小説で、このような現実も間違いなくあったということを疑うわけではないが、文学としては一つも二つも足りない。こと中国に関して、現…

ベティさんの庭  山本道子

外地妻ものは、その内容が郷愁だとか寂寥だけだとしたら、せいぜいがエッセイの題材程度のものだろう。短くエッセイで書けという制約を課せられたほうが、よりよく表現も伝達もできそうである。小説として(だらだらと)こんなに長くする必要性はあるか。東西…

佐川君からの手紙  唐十郎

犯罪者との交流を通して作られた小説、と言えばカポーティーの「冷血」を想起するが、こちらの小説は「冷血」とはおよそ正反対の手法で書かれている。唐十郎は「パリ人肉事件」というおどろおどろしい事件を題材に、あたかも彼の本業のゲリラ的演劇興業の恰…

誰かが触った  宮原昭夫

ハンセン病(小説発表当時は、らい病もしくはハンセン氏病)患者の特別学級を舞台とした小説。作中人物が語る、北条民雄「いのちの初夜」の弊害、という問いかけは重い。北条の作品は同時代の患者の心の支えになったかも知れないが、隔離施設としての癩院を舞…

杢二の世界  笠原淳

受賞作をずっと読み続けている自分には、既視感ばかり漂う世界だった。芥川賞用の傾向と対策小説かとも思う。今回、詮衡委員開高健は総評として「身辺雑記を出ない」と唾棄した。もう彼が言う気もなくなった「鮮烈の一言半句がどこにも見つからない」という…

いつか汽笛を鳴らして  畑山博

「いつか汽笛を鳴らして」という表題は、今、ここではない時間と場所への希求を謳うが、実はこの希求ははじめからこの小説の外側にある。閉塞したこの小説世界からその外部への脱出が希求されても、この小説はその内部から外側に出て行こうとしない。出て行…

光抱く友よ  高樹のぶ子

特に感興を覚えず。風景描写の方法を学ぶ。植物の名前を覚える。不良少女を持ってくる。するとたちまち「小説」が出来上がる。それだけのこととしか思えない。荒川洋治の解説に「性の対立項をそぎおとして、全き友人として向き合うとき、ひとは無心にも純粋…

オキナワの少年  東峰夫

その意味は俄かにはつかめなくとも原初の息吹というものが伝わってくるオキナワ語と、〜よ、という口調が好ましい少年語りがこの小説の魅力。地の文になるといくつか少年とは思えない語彙も使われてしまうけれど。そして米兵相手のパンパンのあっけらかんと…

青桐  木崎さと子

「 病気」と「火傷」と「係累」と、すべて文章を深刻かつ重厚にする要因であるが、逆に言えばそこを外れた箇所には意外な軽躁さが漂う文章である。旧満州に生まれ、引き上げ時に人間の地獄を見た木崎という人間の深刻さを疑うことは出来ないが、受賞前にカト…

砧をうつ女  李恢成

この小説では、著者の母への愛惜が綴られるが、在日一世である彼女が生きた時代には必然的にさまざまな日本の悪行が投影されざるを得ないので、その愛惜の念を前に、日本人としては言葉を失う思いがする。祖国が「日帝」に侵略され虐待を受けたという、永遠…