れくいえむ  郷静子

 この小説のもっとも良質な部分は、二人の少女が心を通いあわす往復書簡の部分にある。そこから互いの存在の孤絶に至るところだけ、もう少し短く凝縮して表現した方が良かった。この小説が長い(280枚)のは、国外の「戦死者」と国内の「非国民」とを生んだ天皇と日本国への糾弾が、もしくは国家を廃絶して人類もしくは民族として生きたいということの、あまり突き詰められていない希求が含まれているからだ。しかしそれらの言葉は小説の中ではなく、街頭で発言されるべきである。この糾弾と希求とは、なにか文学の蔭に隠れて、勇気と生命力の足りない分だけ文学によりかかって辛うじて言葉にされているだけなのだ。その課題を政治行動でも記録文学にでもなく、「小説」というものに課することを否定するわけではない。しかしまだまだ一つも二つも突き詰めが足りないように思う。結果、「私の良心は告発する、そして私は死ぬ」というだけの小説になっている。それは結構。しかし作者は病身ながら生き延びている。作家としては大成しないまま。こういう課題との格闘には強靭な体力がいるのだ。

第68回
1972年後期
個人的評価★

カイ  素人くさい粗雑さが構成にも文章にも指摘され、リアリズムの観点から見れば、破綻だらけといってよいのですが、結局読ます力を持ち、最後まで読めば、強い感銘をうけます(中村光夫)
  
ヤリ  あくまで戦中の体験と事実に立脚した小説であるのに、主人公節子を殺すことが嘘だと言っては過酷なら、小説作りのための御都合主義だという点が、私がすっきり出来なかった理由(舟橋聖一)