2013-01-01から1年間の記事一覧

想像ラジオ(候補作)  いとうせいこう

なかなかこの小説を読む機会がなかった。掲載誌「文藝」は品切れになっていたし、その中古品にははや高値がついていた。私は尋常に単行本を買ったが、そのときすでにそれは12刷になっていた。いざ手元に置くと何だかさっぱり読む気になれず、時折パラパラ…

爪と目  Final

作者がゾンビ映画への愛好を語ったり、選評で「ホラー趣味」(宮本輝)とか「韓国のホラー映画を思わせる」(山田詠美)とか言われたので、私も思わずこの小説を「ホラー小説」と言ってしまったが、それはひとまず撤回しなければならない。これは間違っても「ホ…

爪と目  part3

「安易なヒューマニズム」という言葉にうっかりひっかかって「アンチ・ヒューマニズム」などと言ってしまった。仮にも(一昔前の)フランス現代思想の洗礼を受けたものなら、ここは「ポスト・ヒューマニティー」と言うべきところ。先に示した悪の小説の階梯で…

爪と目  part2

いとうせいこう「想像ラジオ」には、「安易なヒューマニズム」があるという。それが難点らしい。しかし、むしろ「爪と目」のような小説の「安易なアンチ・ヒューマニズム」こそ、難点なのではないか。読む前にこの小説に抱いていた、どうせ「チョイ悪」小説な…

爪と目  藤野可織

「二人称」という変型の方に気を取られていると見過ごされそうだが、ブツ切りの短文が続き、―た。―た。という語尾の単調さが気になる。まるで―ニダ、―スミダが続く韓国語を聞かされているみたいダ。 「あなた」という二人称、これは単に「文学」を偽装するた…

大はずれ

予想は見事に外れました。受賞作「爪と目」は、ニュース解説で聞く限りでは、例の「チョイ悪」小説のような感じ。それに「あなた」という二人称を使っているらしいけれど、この二人称って、欧米語が、あまりにも一人称の縛りが強すぎるので、その縛りから逃…

ノーライフキング  いとうせいこう 

第149回の芥川賞候補者にはなかなか面白そうな作家が揃っているが、本命はやはり「いとうせいこう」だろう。そう思うのは、すでに名のある人をわざわざ候補にして落とすようなことはしないだろう、という単純な理由にもよるが、しかし本当の理由は、今、彼の…

abさんご  その4

単行本「abさんご」には、初期の短編が三編収められている。「毬」「タミエの花」「虹」の三篇で、それらは「タミエ」シリーズと呼ぶべきものである。三歳くらいから小学校初年の頃にいたる幼女の内面が生き生きと綴られている佳品である。―というのは「毬」…

辻仁成 再説

辻仁成「海峡の光」に対する初読時の個人的評価は★(特に読む必要なし)で特段に評価が低いわけではない。しかし、前回の藤沢周のところで出た「ホンモノ」「ニセモノ」のテーマを敷衍するのに、彼は格好の作家である。つまり辻の作家としてのありように思いを…

abさんご その3

この小説の表記法、「ひらがな」の多用とその一方での漢字造成語の多用が、情緒を排除する効果があることは、それなりに得心がいく。この表記法にはさらに残っているもう一つの要素がある。「カタカナ」の排除である。外来語を表記する「カタカナ」はこの小…

藤沢周 再説

荻野アンナに続く再説シリーズの、その2。 藤沢周については、「ニセモノの作家」という、これまたひどい評語を与えている。受賞作「ブエノスアイレス午前零時」の感想を再掲すれば、以下のとおり。 私はこの人の容貌を信頼していた。いい面魂をしているので…

荻野アンナ 再説

一応「辛口批評」ということにしているが、ヒトサマの作品にケチをつけっ放しというのは心苦しいものだ。それに「テキスト批評」とかしゃれたことを言っても、作者をよく知らないまま受賞作のみ読んで感想を喋喋することには救いがたい不公平さが伴う。 例え…

abさんご  その2

文藝春秋が出たので、さっそく選評を読んでみた。本作をはっきり否定している山田詠美のほかは概ね高評価で、ひらがなで表記された日本語の美に注目している評家が多いことが目立つ。 不服なのはこの小説に「打ちのめされ」(©米原万理)ている委員が一人もい…

abさんご  黒田夏子

「早稲田文学」新人賞掲載号の広告で、受賞作家―白髪の老女―の顔貌に触れたとき、時期的に言ってもこの人が芥川賞を取る、という予感がした。そうすると森敦が持っている最年長受賞の記録が大幅に書き換えられることになる。もともと2012年は団塊の世代が63…

論点

ほぼ1年かけての芥川賞受賞作読破を通して得た、さらに考察するにたる興味を残す「論点」の主なものは以下の通り。 ①「意味論」としての文学へ ②「ゴール・シュート」のない小説をどのように享楽するか ③OSの異なる小説とは「標準化」をめぐって戦わなければ…