2012-01-01から1年間の記事一覧

当選の研究

第147回までの受賞者151人中、初回の候補でそのまま受賞できたという人は75人、ほぼ半数にのぼる。これは、芥川賞作家という才気は、謹厳実直に努力を積み重ねた末に徐々に世間に現われるのではなく、爆発する新星の如く、突然、世界の地平線上に姿を見せる…

落選の研究

前回受賞した鹿島田真希は実に四度目の候補での受賞であるが、芥川賞に数次候補になりながら結局取れなかった人たちの、候補回数の最高記録は六度で、該当者は五人いる。多田尋子、なだいなだ、増田みず子、阿部昭、そして島田雅彦の各氏。次点は五度で、こ…

総括

2012年の1月に始まり同年12月まで、ほぼ1年にわたって、芥川賞受賞作を読んだ。1935年の第1回から2012年前期147回までの受賞作全152編。評価として、プラス評価(☆一読の価値あり)、マイナス評価(★特に読む必要なし)に分け、それぞれの星の数でプラス度、マイ…

受賞作掲載誌など

芥川賞は1935年スタートだが、戦後(1949年)から現在までの間の受賞作掲載誌を見てみると、やはりダントツで「文學界」が一番多く、53作にのぼる。次点は「新潮」で23作、「群像」は3位で19作。次が「文藝」で11作。フタケタはこの四誌。あとは「中…

限りなく透明に近いブルー  村上龍

村上龍の小説をかつて私は愛読し、そのうちのいくつかの作品から、頭の中で何かがパチンと弾け、ある凝り固まった観念から解放されるという経験を得た。すなわち彼の小説は私をより多く自由にしてくれた。しかし中には興味が持続せず最後まで読みおおせなか…

蛍川  宮本輝

この小説は日本の近代文学の一つの極である。「風景の発見」/「国木田独歩的転倒」というものを極めれば、このようにその高度の抒情性を玩味すべき小説になるのだ。たとえそれが偏向であろうと失考であろうと、ここまで極めればそれは何ものかである。ここ…

エーゲ海に捧ぐ  池田満寿夫

イメージの散逸、奔騰ぶりがこの文章を読ませるものにしている。国際電話で会話するという状況設定とともに、短編としてはそれは有効な方法と言える。しかし彼の文業は後にも先にもこれだけである。版画家・彫刻家としての最初からの限界だったのか、それと…

僕って何   三田誠広

文章がリーダブルで好ましいが、逆に言えばそれはという問い、自己分析が甘いためである。学生運動というものがいかに跼蹐したものなのか良く分るという資料性はある。運動家によっては、この小説では遠景視されている暴力にもっと深くコミットした人間もい…

榧の木祭り  高城修三

都会にも西洋にもまだ開かれていない日本の郷村における性風俗としての祭り。性と供犠の秘祭。彼らは元々山人なのだろう。そうであればこそ、食料としての榧の実をもたらす榧の木が神様となる。しかし彼らは同時に白米をお白さまと言って尊重する。農耕に転…

志賀島  岡松和夫  

1975年の時点で評価を受けるような「大東亜戦争」の総括がどういうものなのか、それが良く分る小説。我々は敗戦という事実に決して正面から向かい合っては来ず、ただ和歌の詠嘆や仏教の経文の晦冥をぶつけてそれを凌いできただけなのだ。昔のままの姿を残す…

伸予  高橋揆一郎

のぶよ、という変な名前の女教師が、善吉、という変な名前の生徒に「恋をする」(トチ狂う)らしい物語。―この恋許されるか・・・・というのが文庫本の帯のキャッチだが、そんなもん許されているに決まっているだろ。すべてが許されている状況下で、さてどうすると…

祭りの場  林京子

文章がかなりひどいが、文章がひどいなどという技術的批判を許さない題材であることが辛い。被爆という民族の悲劇を扱う小説の、その欠点を上げつらってもしょうがないのである。今回は、批評は回避して、ただ評家の言に耳を傾けるほかはないような気が私は…

九月の空   高橋三千綱

これって「武士道シックスティーン」の原作 ? 「剣道部活動報告書」か。 銓衡の席上で、誰かが「青春を、青春の時点で書いている」と言っていたらしいが、文学にとっては至難のこの技を、この作が達成しているとは思えない。いくら青春とはいえ少女を描くに…

土の器  阪田寛男

「土の器」とは瀬戸物などのことではなく、キリスト教で言う人間の肉体のこと。キリスト教徒である母の晩年を描く。タイトルにキリスト教を引いた割には、内容はその母を取り巻く親族の仏教的諦念である。 自らの母の病中の苦闘と変貌を描くことに一体何の意…

やまあいの煙  重兼芳子

朝日カルチャーセンターの「駒田信二の小説教室」出の受賞作家として話題になった。しかしその出来はやはりカルチャーセンターどまりとでも言うしかない。登場人物にもストーリーにも無理がある。こんなに知った風な口を利く隠亡がいるだろうか。仏教の修行…

あの夕陽  日野啓三

バルザック「従妹ベット」を読んだ直後に読まれてしまったという不運もあり、この小説は特に矮小なものに思えてしまった。ソウルの旧王宮の庭園などが出てくるのにもかかわらず、この小説は基本的には、四畳半とまでは言わないが、この小説の舞台たるアパー…

愚者の夜  青野聰

外人の愛人(妻 ? )がいるくらいで自分を「非日本人」、「非生活人」だと思いなしていた男が、どうしようもなく、まるで汚濁を引き受けるように「日本」と「生活」を引き受けるという話。それだけのことが、恥ずかしく甘ったるく語られる。外国人とどんなに奇…

月山  森敦

土俗というものの外在的研究。クンデラに言わせればキッチュというものになるかもしれない。第70回 1973年後期 個人的評価★★カイ 雪深い集落の冬籠りの生活を、方言をうまく使って、現世とも幽界ともさだかならぬ土俗的な味わいで描き上げた手腕(井上靖) ヤ…

モッキングバードのいる町   森禮子

外地妻の寂寥もの、というほとんど芥川賞の一ジャンル(三匹の蟹/大庭みな子 、過越しの祭/米谷ふみ子、ベティさんの庭/山本道子、あれ、四作だけ ? )みたいな作品。結婚後の幻滅を外地で迎えるとその索漠はひとしおであり、そこから人間が、そして大抵の場合…

草のつるぎ  野呂邦暢

本作は著者の自衛隊入隊の経験を生かした小説だ。しかし読み始めるとすぐにあたかも集団的軍事訓練を前にしたような倦怠感に襲われる。肉体的苦痛はまだしも、耐えられないのはそれが退屈極まりないものであることが予測されるためだ。これが実戦であれば、…

父が消えた  尾辻克彦

なんとなくこの人は名文家たるところで評価されたのだろうと思っていたが、読んでみたらそうではなかった。多分、前衛芸術家、赤瀬川源平とペンネームを使い分けていることからくる先入観のせいだろう。この文章では別に源平でいいのではないか。そうかとい…

鶸  三木卓

敗戦後、満州の闇市で煙草を売り捌いて生計の道をつける兄弟を描く。飼い鳥の鶸を手放し難い思いから、自ら絞め殺すところがヤマだが、その場面が全く浮いていて説得力なし。最後の父の死の場面も浮いている。しかし題材とタイトルとで10点がとこ底上げがさ…

小さな貴婦人  吉行理恵

多分、彼女の詩を読んでも得るところは何もあるまい、ということを知らしめるに足る散文。兄としての淳之介が「分りにくい。行分けでもしたらどうか」などと評しているのは微笑ましい。彼女が1975年、「針の穴」で、初回候補になったときは、淳之介は「私は…

れくいえむ  郷静子

この小説のもっとも良質な部分は、二人の少女が心を通いあわす往復書簡の部分にある。そこから互いの存在の孤絶に至るところだけ、もう少し短く凝縮して表現した方が良かった。この小説が長い(280枚)のは、国外の「戦死者」と国内の「非国民」とを生んだ天皇…

夢の壁  加藤幸子

終戦後の中国からの引き上げを描きながら、この表現と結構の規矩正しさはどうだろう。基本的に両国の善人しか出てこない小説で、このような現実も間違いなくあったということを疑うわけではないが、文学としては一つも二つも足りない。こと中国に関して、現…

ベティさんの庭  山本道子

外地妻ものは、その内容が郷愁だとか寂寥だけだとしたら、せいぜいがエッセイの題材程度のものだろう。短くエッセイで書けという制約を課せられたほうが、よりよく表現も伝達もできそうである。小説として(だらだらと)こんなに長くする必要性はあるか。東西…

佐川君からの手紙  唐十郎

犯罪者との交流を通して作られた小説、と言えばカポーティーの「冷血」を想起するが、こちらの小説は「冷血」とはおよそ正反対の手法で書かれている。唐十郎は「パリ人肉事件」というおどろおどろしい事件を題材に、あたかも彼の本業のゲリラ的演劇興業の恰…

誰かが触った  宮原昭夫

ハンセン病(小説発表当時は、らい病もしくはハンセン氏病)患者の特別学級を舞台とした小説。作中人物が語る、北条民雄「いのちの初夜」の弊害、という問いかけは重い。北条の作品は同時代の患者の心の支えになったかも知れないが、隔離施設としての癩院を舞…

杢二の世界  笠原淳

受賞作をずっと読み続けている自分には、既視感ばかり漂う世界だった。芥川賞用の傾向と対策小説かとも思う。今回、詮衡委員開高健は総評として「身辺雑記を出ない」と唾棄した。もう彼が言う気もなくなった「鮮烈の一言半句がどこにも見つからない」という…

いつか汽笛を鳴らして  畑山博

「いつか汽笛を鳴らして」という表題は、今、ここではない時間と場所への希求を謳うが、実はこの希求ははじめからこの小説の外側にある。閉塞したこの小説世界からその外部への脱出が希求されても、この小説はその内部から外側に出て行こうとしない。出て行…