2012-01-01から1年間の記事一覧

光抱く友よ  高樹のぶ子

特に感興を覚えず。風景描写の方法を学ぶ。植物の名前を覚える。不良少女を持ってくる。するとたちまち「小説」が出来上がる。それだけのこととしか思えない。荒川洋治の解説に「性の対立項をそぎおとして、全き友人として向き合うとき、ひとは無心にも純粋…

オキナワの少年  東峰夫

その意味は俄かにはつかめなくとも原初の息吹というものが伝わってくるオキナワ語と、〜よ、という口調が好ましい少年語りがこの小説の魅力。地の文になるといくつか少年とは思えない語彙も使われてしまうけれど。そして米兵相手のパンパンのあっけらかんと…

青桐  木崎さと子

「 病気」と「火傷」と「係累」と、すべて文章を深刻かつ重厚にする要因であるが、逆に言えばそこを外れた箇所には意外な軽躁さが漂う文章である。旧満州に生まれ、引き上げ時に人間の地獄を見た木崎という人間の深刻さを疑うことは出来ないが、受賞前にカト…

砧をうつ女  李恢成

この小説では、著者の母への愛惜が綴られるが、在日一世である彼女が生きた時代には必然的にさまざまな日本の悪行が投影されざるを得ないので、その愛惜の念を前に、日本人としては言葉を失う思いがする。祖国が「日帝」に侵略され虐待を受けたという、永遠…

過越しの祭  米谷ふみ子

読んで楽しく、実用的価値もある有用な私小説。このしたたかさ、柔軟な人間知は、敬意をこめてむしろ直木賞にふさわしいのでは、と思う。最近の直木賞受賞者(推理小説か時代小説かだけ)を見れば、敬意をこめていると取られるのは難しいが。第94回 1985年後期…

杳子(・妻隠) 古井由吉

この小説は、例えば真夜中から明け方にかけて、というような孤絶した時間に、深々と読むべきである。微細なもの、微妙なものの表現の窮み。おそらく自身が限りなく分裂病に近い気質であり、発病寸前までは行っていたであろう人によってのみ書かれえた、分裂…

鍋の中  村田喜代子

不可解な小説。不可解であるにもかかわらず、そこから文学的感銘を受ける、という経験は珍しい。 高校二年生の「たみちゃん」が夏休みに祖母の家に行き、自分の十三人の大叔父叔母の話を聞く。駆け落ちした大叔父がいる。気の違った大叔父がいる。大叔父の一…

プレオー8の夜明け  古山高麗雄

例えば、技巧を凝らした小説などよりも、中学生の素朴な作文に感銘を覚えたりすることがよくある。中学生が作文する場合、自分の経験を手持ちの言葉で書くという方法しかないだろう。この小説はそのような方法によって書かれているかのようだ。もちろん書い…

スティル・ライフ  池澤夏樹

スティル・ライフ。この高踏的生活は、主人公佐々井が手を染める株取引という世界の平明さに支えられている。しかし、彼がリーマン・ショックに遭遇しないのはただの僥倖である。もしそのような事態に襲われたら、取り澄ました彼の世界はそのときあっけなく…

無明長夜  吉田知子

三島由紀夫及び舟橋聖一の見立ては「分裂病」の症状記録ということらしいが、私はこれを「鬱病」患者の手記と読んだ。心の中にある瘡蓋を引っかいているような自虐的文章が延々と続く。分裂病改め統合失調症患者になる文章には、ときおり痛切で美しいひらめ…

長男の出家  三浦清宏

もし自分の子供が坊主になると言い出した場合、具体的にどうなるのかが分る小説。それで ?第98回 1987年後期 個人的評価★★カイ 感心した。今日の曹洞宗の末寺風景がよく描けていた(水上勉) ヤリ なりゆきに主人公の葛藤がほんとうに伴っているか、微妙である…

アカシアの大連  清岡卓行

その社会的影響力から錯覚しそうだが、芥川賞は新人発掘のための賞であって、文学の最先端を指し示すための賞ではない。いくら芥川賞だからって、文学史の先端にばかりいる必要はないし、仮にそうしたくともできないでいるという現実もある。しかし、このよ…

尋ね人の時間  新井満

「現代人の心の空洞を描く、自分探しの物語」だって ? これがこの小説の文庫本につけられたキャッチコピーだ。読む前から日本人の根っからの呑気さが身にしみてくる思いがする。 一読、村上春樹風のハイカラな小説という印象。村上が芥川賞の候補になったの…

深い河  田久保英夫

読むほどに悪文が染りそうな気がするほど、結構がギクシャクした文章だ。これは決して方法的な悪文ではない。死と生が極まるようなシーンで自ずから文章が滞り、流露感を失う、というようなものではない。作者は常に精一杯叙述しようとはしているのだ。よく…

ダイヤモンドダスト  南木佳士

難民医療チームの医者としてタイ・カンボジア国境に赴いたり、後年医師でありながらパニック障害や鬱病になってしまった南木氏はもしかしたら愛すべき人なのかもしれない。それどころか尊敬すべき人であるのかも。いずれにしても著者と何か面識の機会でもあ…

赤頭巾ちゃん気をつけて  庄司薫

Wikiで見ると芥川賞受賞作でミリオンセラーになったのは八作あるが、その中で堂々三位につけている。(すでに綿矢りさには抜かれてしまったかも知れない)。受賞順では、石原、大江、柴田についで四人目ということになる。「ライ麦畑でつかまえて」をタイトルか…

由煕  李良枝

平仄、音韻とも極めて正統な日本語(例えば島田雅彦などよりはるかに正統的な日本語)によって書かれた小説。その日本語に感心するより、立原正秋が日本人以上に日本人的であったということと同じ悲痛さをここに感じるべきかも知れない。この小説の文学的内実…

三匹の蟹  大庭みな子

この「小説」に、何を感じたらいいのか、楽しめるような何かがここにあるのか、それとも何か学ぶべきことでもあるのか、しばらく思い悩んだ。そもそも白い紙の上になにやら文字がつらなっている「これ」は一体何だというのだろう。これが「小説」なのだろうか…

表層生活  大岡玲

「計算機」に擬した主人公の存在形態は、何か新しい悪の形態足りうる可能性を感じさせる。それは三島由紀夫「天人五衰」の「安永透」にその曙光が見えた悪の形態だ。人間を操作することに関心を持っていること、同性愛行為の「のぞき」見のシーンなども「安…

年の残り  丸谷才一

丸谷才一は一種の粋人なのだろうと思うが、その粋人の手になっても題材が老人の性ということであれば、作品が品下ってしまうのは避けられない。昔芸能プロデューサーだかが、自分の「征服」した女の肉体的特徴を克明に手帳につけていた、という記事を読んだ…

ネコババのいる町で   瀧澤美恵子

その文章にも話の内容にも特に感興湧かず。これは私小説か。だとしたら、どうあれ身辺雑記にとどまるし、私小説ではないとすれば、どのような方法意識のもとで書かれた小説なのか、良く分らない。この小説における失語症とその回復の意味も良く分らない。私…

徳山道助の帰郷  柏原兵三

現実とぴったり何の過不足もなく重なり合っているような言葉で書かれた小説。不足するところがないのはいいが、余るものもないというのは物足りない。無名の人に焦点を当てるものとして鴎外の史伝の系列に繋がるものか。三島由紀夫は「鴎外まがいの文体」と…

村の名前  辻原登

畳の原材料の調達という特殊な題材をどのように取材したのかと考えたが、経歴を見てみたらやはり著者の実体験であるらしかった。日本での藺草の生産量が落ちていること、藺草を台湾、中国から買い付けていること、これらは少し調べれば分る。しかし「藺草の…

カクテル・パーティー  大城立裕

沖縄を舞台に、堂々、旧日本軍人(本土人)、アメリカ軍属、中国の弁護士、沖縄のジャーナリストが打打発止やりあう国際小説。この構成的な小説に対して「私小説」派の評者が文句をつけることが予想されたが、アンチ私小説派の私にしても、後章の「二人称」は…

冥土めぐり  鹿島田真希

欠格的人間である家族に拘束された女性奈津子の再生の物語。しかしあまりに低格過ぎる再生の物語だ。物語の背後に「父」の不在がある。「父」(奈津子の祖父)の記憶を持っている母と、「父」がすでに不在の奈津子と、「父」の堕落した姿である弟と。しかし「…

妊娠カレンダー  小川洋子

「受胎告知小説」としての「妊娠小説」が男流文学だとすると、このように妊娠そのものの経過を扱うものは女流文学としての本家「妊娠小説」である。しかし妊娠という生理的変化で女性が不機嫌になるということには、一定の実存的意味以外の社会的意味という…

夏の流れ  丸山健二

「まだ見ぬ書き手へ」を面白く読んでいた私は、当時受賞最年少記録を更新(清水基吉26歳5ヶ月→石原慎太郎23歳3ヶ月→丸山23歳0ヶ月→綿矢りさ19歳11ヶ月)したこの作者の受賞作を構えて読んだ。構えて読んだせいか、結末のあっけなさに拍子抜けしてしまった。な…

自動起床装置  辺見庸

睡眠と覚醒をめぐる哲学小説のようなもの。しかし哲学小説に不可欠だと思われる、世界の謎の根源に迫りたいという希求はハナから存在しない。あるのは、ある小世界を逍遥し、その間の心の揺らぎを書きつけるだけの自足である。現代文明の衰弱を描いた、と文…

北の河  高井有一

十五歳のときに母を失くした経験を三十三歳の時に書く。その年齢でなければ獲得できない、静かで重厚な文章で。私小説の体裁を持つこの小説は自ずから脚色された現実をしか描出できない。母の死をめぐる経緯をすべて書いたものではない、ということは筆者も…

背負い水  荻野アンナ

芥川賞受賞作を連日読んできて、これまでワーストと思ったのは絲山秋子。しかし喜べ絲山よ、ここに君以上の駄作があった。 これまで語り芸人の芸を連想させた文章がいくつかある。赤染晶子、田辺聖子、そしてこの荻野アンナ。さらに米谷ふみ子もおり、米谷氏…