表層生活  大岡玲

  「計算機」に擬した主人公の存在形態は、何か新しい悪の形態足りうる可能性を感じさせる。それは三島由紀夫天人五衰」の「安永透」にその曙光が見えた悪の形態だ。人間を操作することに関心を持っていること、同性愛行為の「のぞき」見のシーンなども「安永透」に通ずるところがある。が、読み進んでみるとそれほどのことはなく、むしろステレオタイプなイメージのオンパレードに堕していた。このような問題意識を有していた大岡玲がその後この主題を追求し続けたという痕跡はない。この主題でSFの傑作くらい書いてもよさそうなものなのに、何しろ大岡がその後書いている本といえばアマゾンで見た限りでは「女は快楽、男は我慢」( !)とか、「日本グルメ語辞典」( !! )とかである。選考委員がその作家の将来性を予言することは難しいとはいえ、これではあんまりというものだ。

第102回
1989年後期
個人的評価★

カイ  現代生活に潜む切実な主題でもあって、それに執拗にとりくむ力業(田久保英夫)
ヤリ  シミュレーションによりかくも単刀に現実突入を計る「専門家」というのは、人物の設定としてそもそも無理なのではないか(古井由吉)