2012-04-01から1ヶ月間の記事一覧

しょっぱいドライブ  大道珠貴

34歳の女が、38歳の男か61歳の男か迷った末に後者と同棲するに至るというだけの話だが、一体こういう小説をどう楽しめばいいのだろうか。無才の見本のようなこの小説より、選者の評価の分裂を見ていたほうがはるかに面白い。 「人間と人間関係を描ききった」…

闘牛  井上靖

男の意地と欲と誇りを描く、といった小説で、受賞時42歳の著者からは安定した技量が感じられるが、この小説には一つの欠陥がある。主人公に恋する女性の心理を描いて、「悲哀感」という言葉が小説の終り近くの、内的なクライマックスとして出てくるところ。…

ハリガネムシ  吉村萬壱

ありそうな男とありそうな女が、いかにも現在風の言葉を交し合う。どんなに悲惨なことでも愚劣なことでも、それらはいかにもありそうなことで非現実感はない。しかし、そのような現実の中にいて、その現在の崩れた口語をしゃべる男の、「私」という一人称語…

本の話  由紀しげ子

「私」という童話作家と、海上保険を専攻した学者である「義兄」が出てくるこの小説を、私は勝手に私小説として読んだ。義兄の蔵書を会社の倉庫に預かっている武石公子という女性が、友人なのか親戚なのかはっきりと書かれていないところなど、私小説的な感…

蛇にピアス  金原ひとみ

最近の文庫本に氾濫しているキャピキャピ解説風に言えば、この小説を読んでピアスや刺青について知識を得ることができました、という風になるが、そうとでも言ってはしゃいでみせたいほど、この小説には他に何もない。しかし、この作品は小説として一定の水…

確証  小谷剛

敗戦後四年にして再開された芥川賞の最初の受賞作。「確証」、とは何の謂いか。それは「一旦女に対して商品以外のものであることを望むとき、そこに始めて、勝敗を伴う厳しい闘争の世界へ、私たちは足をふみ入れなければならない」、とあり、つまりその闘争…

蹴りたい背中  綿矢りさ

この小説の導入部、それは著者が何度も書き直しした部分でもあるが、「ハッ。っていうこのスタンス。」それから「ちょっと死相出てた。ちょっと死相出てた。」というようなところでメゲたりせずに、むしろそういう文章の洗礼を潜り抜けることさえできれば、…

雁立  清水基吉

戦前最後の芥川賞受賞作となるが、この時期に書かれるべきものとしては一つも二つも物足りない。清水基吉は後年小説家というより俳人として生きたが、俳人イコール名文家では必ずしもない。文章が下手だし、内容も単に淡い恋心を書いただけのもの。そこに祖…

介護入門  モブ・ノリオ

この文章が読者をどこへ連れて行くのかサダカではないにしても、まるでボリス・ヴィアン的な乾燥した幻想に満ちた文章のスピードと強度が気に入ってしまった。文庫本に解説を寄せた筒井康隆は、近縁の文体としてセリーヌ、ヘンリー・ミラー、ノーマン・メイラ…

登攀 小尾十三

日韓併合時代の日本人教師と朝鮮人生徒との交流を描く。「生徒への愛」、とストレートに書かれた時、思わずその生徒の性別を確かめ、もちろん同性と分った後も、すわ同性愛の小説かと思ったほど、この時代における「愛」という言葉の感触が解らない自分だっ…

グランド・フィナーレ  阿部和重

ヘンな小説。そしてつまらない小説。しかし、これは丸きりの新人の試作などではなく、毎日出版文化賞や伊藤整文学賞などをすでに受賞している、れっきとした大家の作である。困った。何とかこの小説を面白く読む方法はないものか。 人が小説をつまらないと感…

劉廣福(リュウカンフウ)  八木義徳

外連味のない文章で、満州の工場(著者の勤務した満州理化学工業らしい)での日本人と中国人工人の交流を描く。底辺の中国人の卑小さ、狡猾さ、及び底知れぬ生命力というものが良く分る。第19回 1944年 前期 個人的評価 ☆☆カイ 不用な枝葉を惜しげもなく切断し…

土の中の子供  中村文則

本作では陰惨苛刻な虐待経験が語られるが、読者はどこかで安心しながら読んでいられる。その虐待を受けた当人が、若干の奇癖こそあれ、破壊的なダメージは受けていないことが初めのほうで知らされているからである。勢い、いったいどういう風に再生を語るつ…

和紙  東野邊薫

あまり世間に知られぬ職業の内実を伝える小説というものは概ね高く評価される。ものめずらしさということではないが、ここにも人生あり、という偏在性が感銘を呼ぶのだ。漉槽、漉簀、簀框、などというテクニカルターム、製紙の実際など、一定の経験か取材な…

沖で待つ  絲山秋子

信じられないくらいの低質の作品。才能のない人が「ですます調」でやると、本当に小学生の作文なみになるというのが良くわかる。具体的なモノとの接点を要求する以前のレベルの作品だが、この作品の具体性は、登場人物たちの販売品目の一つである便器の、例…