闘牛  井上靖

 男の意地と欲と誇りを描く、といった小説で、受賞時42歳の著者からは安定した技量が感じられるが、この小説には一つの欠陥がある。主人公に恋する女性の心理を描いて、「悲哀感」という言葉が小説の終り近くの、内的なクライマックスとして出てくるところ。比較的抑制されたハードボイルド的な物語が、この言葉で一気に崩れる。少なくともこの女性の感じた悲哀が小説のテーマなのであれば、こういう言葉を出さずに読者の心のうちに悲哀感をかもし出さなければならない。(芥川龍之介「手巾」の手法)。「花の美しさ」というものを書けばそれは哲学小説となるが、日本ではそれは単に観念小説として貶められる。「美しい花」を書くのが審美的小説、あるいは芸術としての小説で、本来日本ではこちらの方が主流のはずだが。
第22回
1949年 後期
個人的評価 ★★
カイ  人間の見方や掴み方には深みも新しさもないが、俗才で人間を処理してゆく手際は巧妙で、なんといっても、大人である(坂口安吾)
ヤリ  なんだか常識で片づいてしまったようなあっけなさが残った(川端康成
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