2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

纏足(チャンズウ)の頃  石塚喜久三

中国人および蒙古人が東北弁を喋る不思議な小説。中国の田舎の話だからそれもありかも知れないけれど、旺盛な生命力を有する中国人にはいっそ広島弁か河内弁でも喋らせたいところだ。父が蒙古人、母が中国人。娘のためを思い、半ば廃れかけている風習の纏足…

八月の路上に捨てる  伊藤たかみ

何も起こらない小説、という私が最も苦手とする小説。小説の中では何かが起きているのかもしれない。しかし肝腎の読者たる私の心のなかで何ごとも起こらない。こういう小説をどう読めばいいのだろうか。丸々ヤマなし、オチなし、イミなしというこの小説は、…

連絡員  倉光俊夫

盧溝橋事件前後の新聞社連絡員の姿を描く。連絡員と言っても小使いの小僧のようなもので、前線の記者が書いた記事や写真を後方の支局まで運ぶ。そこから内地まで、記事は電報で行くが、写真は空輸しなければならない。主人公川島の、同僚山口へのいわれのな…

ひとり日和  青山七恵

半分も読まないうちに、この調子でまだ続くのかな、とくたびれてきた。愛されない女の内面が坦々と提示される。愛されないのも当然だ。内面がつまらないから。かと言って体を愛されたのでもなさそうだが、求められたのが心でないとしたら残るはそれしかない…

光と風と夢(候補作)  中島敦

第15回(1942年前期)は受賞作なし。中島敦の「光と風と夢」が候補に入り、室生犀星や川端康成、久米正雄が評価したものの、結局受賞作なしとなった。その選評は1942年の文藝春秋9月号に掲載されたが、同年12月中島は持病の喘息で逝去した。享年33。「宝島」の…

アサッテの人  諏訪哲史

ドタバタ漫画を連想させるタイトルで、すわ東海林さだおが菊池寛賞を取った勢いで、純文学に乗り込んできたのかと思ったが、豈図らんや、読んでみれば、笑えないこともないが基本的にはマジメな哲学的思弁小説だった。いわゆるメタフィクションということに…

青果の市  芝木好子

1960年代、いわゆる流通革命というものがアメリカから日本に上陸した。林周二の「流通革命」が出たのが1962年。その革命の内容は問屋を外して小売がメーカーと直取引することにより、中間マージンをなくして価格を下げるというものだった。小売がその力をつ…

乳と卵  川上未映子

見田宗介の著名な時代区分に言う、「夢の時代」が「虚構の時代」に切り替わる70年代半ばの頃の昔、二人の作家が現れた。「限りなく透明に近いブルー」(1976)の村上龍と「風の歌を聞け」(1979)の村上春樹。この二人作家の文業には勢い、「夢の時代」の終焉を…

長江デルタ  多田裕計

昭和16年。日中戦争は泥沼に入り、この暮には太平洋戦争に突入していく年である。この回から昭和19年まで芥川賞の受賞作はいわゆる「時局物」および「時局物」との抱き合わせになる。 舞台は国際租界地上海。抗日派と親日派がそれぞれの新聞社を抱えて対立し…

時が滲む朝  楊逸

天安門事件という悲劇の傍らでテレサ・テンや尾崎豊の歌が流れているというのは何か不思議な世界だ。日本の大学紛争の時代にカルメン・マキや新谷のり子が聞かれていたことの20年後の反復を見るようである。前半部からは「パルムの僧院」のような若さの耀きを…

平賀源内  櫻田常久

著者自身本作を「歴史離れ」と評し、同題材にて「歴史其の儘」の「探及者」を別に書いた、としている。いかにも「歴史離れ」で、そこでは、誰も聞いたことがないであろう田沼意次の声を、金属的であると書くことも自由である。しかし源内の生死を巡る虚構を…

ポトスライムの舟  津村記久子  

端的に、つまらない小説。三島由紀夫が、よその家でもてなしのつもりで家族写真を見せられることほど退屈なことはない、という意のことを言っていたが、まさしくこれはそのあまり親しくもない人の生活写真を見せられているような小説だ。私は三島ほど意地悪…

高木卓  芥川賞辞退

第11回(1940年前期)は、高木卓が受賞を辞退したため、受賞作なしとなった。芥川賞の受賞辞退はあとにも先にもこれ一回きり。直木賞を辞退した山本周五郎と合わせて、特筆すべきことである。この回には、木山捷平、野口富士男、田宮虎彦、織田作之助、坪井栄…

終の住処  磯崎憲一郎

これが、日本の企業戦士のかつての夢と失意を描く寓意小説だとしたら、もう少し短いほうが良い。いくつかの超常的な出来事と不思議な建築家と抗生物質の話を絡ませた、ボルヘス風の(ペダンチックな)短編にあるいは仕上がっていたかも知れない。私小説的メモ…

密猟者  寒川光太郎

この小説は、永井龍男により同人雑誌から発掘されたものらしい。白熊と猟師との格闘を突兀とした文章で描く。その文体から、一読ヘミングウェイ「老人と海」を想起したが、同作は1952年だから、1939年のこちらのほうが先行している。選者の評を見ると、この…