密猟者  寒川光太郎

 この小説は、永井龍男により同人雑誌から発掘されたものらしい。白熊と猟師との格闘を突兀とした文章で描く。その文体から、一読ヘミングウェイ老人と海」を想起したが、同作は1952年だから、1939年のこちらのほうが先行している。選者の評を見ると、この頃の参照項はメリメであり、キップリングであり、ポオ、またコンラッドである。各評家が、それらの作家との類似を指摘したが、菊池寛は「これぐらいの面白い小説は、外国の短篇小説にも、なかなかない」と褒めた。とにかく常套句のようなものはこの小説からは排除にこれ努められている。
 受賞の言葉に「私は嬉れしくなって家内の頬を一つ張り飛ばした」とあるのは、どういうことか。ヘミングウェイのマチズモの日本的形態か。創作の鬱屈を妻にぶつけた井上ひさしの同類のようなものか。

第10回
1939年 後期
個人的評価 ☆☆

カイ この作者の文体は清潔である。文体と、描かれた世界と、このくらい呼吸と表情と色彩とを一にしている作品は稀有だ(小島政二郎)
ヤリ 芝居がかりな場面や気持ちが(中略)やがて欠点になり兼ねない(宇野浩二)


 寒川光太郎、本名は菅原憲光、父菅原繁蔵は植物学者で、寒川は父の助手として植物図の彩色作業に従事、「樺太植物図誌」全4巻を出版にまで持ち込んでいる。寒川の孫に菅原潮がいる。潮はライブドア堀江貴文の周辺にいた人物として名前が上がったが、石油決済システムを利用してマネーロンダリングを行ったとして資産凍結の処分を受けた。またNOVA倒産の契機になった第三者割当増資のスキームを作った人物でもあり、2010年12月には、国際組織犯罪防止条約違反の容疑でヒースロー空港で逮捕された。しかし直接の関与性は薄いとして即日釈放になっている。孫が金融の「密猟者」になってしまったのは皮肉である。