2012-07-01から1ヶ月間の記事一覧

犬婿入り  多和田葉子

悪文の文学。美文というものが結局文化の囲い込み作用の結果で、それが他者の排除を生むのなら、その美文を排するべく言語を破壊する。また美文というものの結構が二項対立から生じているのであれば、その二項対立の呪縛から逃れる意味でも美文というものに…

蟹  河野多恵子

丹羽文雄の主宰する「文学者」の同人である河野の受賞は、単独素人派の後藤紀一との抱き合わせ受賞か。文壇派の河野単独の受賞では身びいきが目立ちすぎると危惧されたのだろう。―と思うしかないほど、面白さを見つけるのが困難な小説だった。結核療養記 ? …

寂寥郊野  吉目木晴彦

文章は堂々とし、物語の背景の事実の書き込みもしっかりしている。異国の地での孤立と老いから来る病の問題も、実に静かに叙述されている。しかし、これを文学というには何かが足りない。例えば戦争花嫁のドキュメントでも、アルツハイマー病の家族を抱えた…

少年の橋  後藤紀一

少年に身を託して語る「少年語り」の小説。これは難しいだろう。少年のふりをした大人になってしまう危険性が多分にあるからだ。大人が良く使う便利な言い回しは許されない。そして子供らしい斬新な言語感覚をどこかで出さなければならない。「少年語り」の…

石の来歴  奥泉光

小説の中で表現された事象に息づく人間の匂いが希薄なとき、即ちそこに「生きられた経験」がないとき、たとえそれが一定の強度を帯びた表現であっても、そこに小説を書く資質というもの、さらには才能というものを認めるのは難しい。フィリピン戦線での極限…

美談の出発  川村晃

彼の晩年の、週刊新潮「黒い報告書」の執筆や、新聞やテレビでの人生相談などという仕事は忘れ去られるだろうが、芥川賞受賞に至るまでの彼の生活、亜ヒ酸による自殺未遂、共産党地下活動への従事、酒による失敗、筆耕屋、また酒による失敗、四人の子持ちの…

おどるでく  室井光広

「おどるでく」とは「何かワケの分らないもの」の象徴なので、それについていくら分析的考察をしても、それはそういう分析の手をすり抜ける当のものをさしているのであるから、無益である。カフカの短編「父の心配」(家長の気がかり)に出てくる「オドラデク…

鯨神  宇能鴻一郎

マルクス経済学者(宇野弘蔵、鈴木鴻一郎)から名前を借りてペンネームをつけたほど社会学的志を有した(と思われる)筆者がなぜ後年官能小説家などになってしまったのか。本作を読めばすぐれた「純文学」的資質を有していると思われるにもかかわらず。しかも受…

タイムスリップ・コンビナート  笙野頼子

とりとめのない冗語の羅列。際限のない妄想の記述。観念奔逸症の如き文章を下手に褒められ乗せられて自分もその気になって純文学と思い込んでいるだけ。しかし、何人かの人がこれを文学だと言い、そう思わない人が黙っていたりすると、それは文学になってし…

忍ぶ川  三浦哲郎

文庫本裏表紙の解説では「純愛の譜」とされており、著者自身の結婚を描いたとされる純愛小説であるが、相手方である志乃に婚約者がいることを知ったとき、三浦と思われる主人公が「やったのか」、と聞き、それに「やるもんですか」と応じるあたりの、直截な…

この人の閾  保坂和志

小説の実作のみならず、小説制作の指南書も書いている保坂の、「小説におけるアナキズムの実践」等々の言説を見ると、彼の小説が、文学史というものを踏まえているものだということはわかる。確かに文学史的には彼が小説というものの一応の先端にいるのは確…

夜と霧の隅で  北杜夫

ユーモア作家北杜夫が、実は正統的な筆力を有する作家であることを証かす作品。その筆力の中身は、①医学の知識②西洋史の知識③ドイツ人にドイツ的な冗談を言わせられるだけの人文教養、というようなところか。 ナチ政権に抗して、「生きるに値しない生命」(Le…

豚の報い  又吉栄喜

舞台が沖縄というだけで物語の霊が取りつき、5センチほども文章が立ち上がるが、それだけで保っているような小説だ。 たまたま読んでいる三島―川端往復書簡で、三島の「宇野氏の作に出てくる事細かな「事実」の安易さと較べて、私は今更ながらワイルドが「架…

山塔  斯波四郎

禅的に人生を追求する小説。あるいは人生=禅と捉える小説。こころは過度の脈絡に拘束されず、もっと刹那を感じて生きるべし、ということ。しかしそれはすでに一種定型的言説のパターンに過ぎず、現にこの私は何の啓発も受けない。一言半句でも良い、定型を超…

蛇を踏む  川上弘美

これはもう評価のしようがない。What’s in it for ? とでも聞きたくなるような内容だ。「好きで『うそばなし』を書いている」と言うのだから、お好きに、とでも言うしかないが、文学史的にこれをどう考えたらいいのか途方に暮れる。文庫本解説の松浦寿輝氏は…