忍ぶ川  三浦哲郎

 文庫本裏表紙の解説では「純愛の譜」とされており、著者自身の結婚を描いたとされる純愛小説であるが、相手方である志乃に婚約者がいることを知ったとき、三浦と思われる主人公が「やったのか」、と聞き、それに「やるもんですか」と応じるあたりの、直截な会話には、並の純愛小説でなく、「私小説」であることの面目が躍如としている。しかし、「私小説」であるならその真骨頂は、このような「純愛」にとどまらずに、純愛に伴う嫉妬心や独占欲に、その後の結婚生活の推移変遷のなかで向き合ってみせるところにあるのではないか。ともあれ志乃という女性は魅力的なので、連作だという「初夜」「帰郷」など読んでみたい気もするが、今は急ぐので先に行く。

第44回
1960年後期
個人的評価★★

カイ  幼くて、古いが、純な感銘があった。自分の結婚を素直に書いて受賞した、三浦氏は幸いだ(川端康成)
ヤリ  恋愛が一方的に前提とされているだけで、少しも描かれていない(中村光夫)