2012-06-01から1ヶ月間の記事一覧

飼育  大江健三郎

原初からただ官能だけに突き動かされている作家。撃墜された飛行機から山村に逃れた米兵、という素材から、作家は何らの政治的寓意を引き出さない。引き出したのは黒人兵の肉体に対して抱かれた、少年の官能的執着である。「閉塞した状態における人間につい…

海峡の光  辻仁成

タイトルなどには「電通的」センスがきらめいているが、これが芥川賞の「傾向と対策」小説であることはミエミエだし、、、等の、「文学」をなそうとする人間がいかにも愛好しそうな語彙のオンパレードなのも気になる。つまり、三島由紀夫が、鴎外の「水が来た…

裸の王様  開高健

すでに釣りや酒や美食や哄笑が、つまり開高健のすべてがここにある。その後ベトナムの戦火を潜り抜けた後も、彼が戻ってくるところはここしかなかった。開高健は小説家というよりも名エッセイストというべきであり、この受賞作にそのエッセイの源泉を見る思…

家族シネマ  柳美里

芸人河本某の母親の生活保護受給問題はもう旧聞に属するが、その河本は「オカン」ネタをはじめ家族ネタを持芸にしていた。姉や母親のさまざまな奇行を、笑いのネタにするのである。通常であれば、確かに収入が安定していない芸人の母親が生活保護者であろう…

硫黄島  菊村至

多少軽めの、しかし明確な文章で書かれた戦争小説。終戦後、硫黄島でのジャングル潜伏生活の後、日本に帰還、戦時に同胞を殺したことを思い悩んで、その後わざわざ同島を訪れて自殺するという(「ビルマの竪琴」の水島以上に)良心的な兵隊の存在が提示される…

水滴  目取真俊

世界を二項対立的に裁断する手腕に長けた宮台真司が、「物語」を裁断したものに「アーヴィング的」と「サリンジャー的」というものがある。前者は「世界の不条理(世界の謎)を描くもの」であり、後者は「実存の不条理(自分の謎)を描くもの」である。その…

海人舟   近藤啓太郎

―作家修行として、そうだな例えば海人の人たちの心情と生活を描ききってみよ―そのような課題が与えられ、それに応えようとした小説、のように読める。だとすると、式の手法(大江健三郎「飼育」)は通用しないから、登場人物に方言を喋らせることになるが、こ…

ゲルマニウムの夜  花村萬月

自称犯罪者たる少年が修道院(教護施設)で見習いシスターを犯す。この少年の悪ぶりには、ちょっとこけおどしのようなところがある。それに、少年の「私語り」だからムリもないが、ときおり書きつけられるアフォリズムもいまひとつピリッとしない。小説の中に…

太陽の季節  石原慎太郎

戦後文学史にわれわれは一人の天才を持った。石原慎太郎である。ただしこの天才は肉体的天才と言うべきものだった。裕次郎が肉体的に天才的な俳優だったのと同じ意味で、石原慎太郎は天才的肉体を持った作家だったのだ。それを多分本人が希望するであろうよ…

ブエノスアイレス午前零時  藤沢周

私はこの人の容貌を信頼していた。いい面魂をしているのである。作家たるものが備えていてしかるべき、と言いたくなるくらいの顔だ。だからいざその小説を読み、心に何も響くものがなかったとき、それをいきなり作家の責に帰せず、私の読み方の方に問題があ…

白い人  遠藤周作

初読時衝撃を受けた本作の再読を楽しみにしていた。間に長い時間を置いた再読であるが初読時と同じように圧倒される。終盤の錯乱の描き方がうまい。再読のもう一つの楽しみが本作とセットの「黄色い人」。しかし、こちらも初読時同様、ただ面白くないだけだ…

日蝕  平野啓一郎

その年齢を思えば、作家の該博な知識と文章力には驚嘆すべきものがある。しかしこの小説の派手な外飾をそぎ落として単にその「内容」だけを見ると、最初に壮大な西洋の知の枠組みを提示した割には、小説の筋は何か性的猥雑さの中に聖性を見る、といった極め…

プールサイド小景   庄野潤三

「夕べの雲」を読んでいるので彼の作風はだいたい見当がつくが、やはりその作風どおりの小説だった。「夕べの雲」には家族で梨を食べる場面があり、特に技巧を凝らしているわけではないのに、その梨のみずみずしい美味さが伝わってくる。そこに庄野の小説の…

蔭の棲みか   玄月

在日朝鮮人や不法中国人の間の壮絶なリンチの描写がウリの小説。井上光晴「地の群れ」の如く、底辺の生活を強いられたときに発揮される無法の生存本能に人生の強度を求めるという、反復される小説の一ジャンルのようなもの。それが著者自身の現実の生の地平…

アメリカン・スクール  小島信夫

敗戦国民たる日本人の、アメリカと英語に対する屈折した思い。アメリカ女エミリーは、美しいとは形容されるが、その顔が見えない。誰一人として、まともに彼女を見ていないからだ。ナイフ・フォークにまで劣等感を覚え、箸をみじめな道具と感知する、敗戦国…