プールサイド小景   庄野潤三

 「夕べの雲」を読んでいるので彼の作風はだいたい見当がつくが、やはりその作風どおりの小説だった。「夕べの雲」には家族で梨を食べる場面があり、特に技巧を凝らしているわけではないのに、その梨のみずみずしい美味さが伝わってくる。そこに庄野の小説の美点があるように思った。こちらの小説にはその「梨」に相当するものがない。となると、文章の物足りなさが少し気になってくる。もう少し皮肉を利かせばチェーホフ(あまり読んでないが)風にもなる散文。評家にもその弱点を指摘する人が多かった。しかしその作品よりも作者が評価される、ということがある。その功に報いるために、芥川賞が与えられるということがある。おかげで小沼丹が落選 (三人受賞はない、という不文律のようなもので)している。庄野の作風はその後も知る限りでは不変である。にもかかわらず、新潮社文学賞読売文学賞毎日出版文化賞を受けている。よほど人徳があったのだろう。

第32回
1954年後期
個人的評価 ★

カイ   やわらかい美しい文章で、香気のようなふくいくとしたものがある(瀧井孝作)
ヤリ   功労賞の意味だと私自身はひそかに考えて妥協した(丹羽文雄)