蟹  河野多恵子

 丹羽文雄の主宰する「文学者」の同人である河野の受賞は、単独素人派の後藤紀一との抱き合わせ受賞か。文壇派の河野単独の受賞では身びいきが目立ちすぎると危惧されたのだろう。―と思うしかないほど、面白さを見つけるのが困難な小説だった。結核療養記 ? 叔母と甥との微妙な心理劇 ? といろいろ考えても何処を面白がればいいのか良く分らなかった。文壇派として、前回、前々回の候補作にも丁寧なフォローを受けているから、これらの候補作を総合しての受賞なのだろう。本作単独での受賞ということは考えられない(芥川賞に一定の質的水準があると仮定すれば)。丹羽は「上質の文学」とこれを褒めている。ともかく河野はその後あらゆる賞を受賞し、谷崎論も書くなど、女流の大家となっていくので別に大過なし。高見順は彼女の作風にサディズムを感じ、丹羽のほうはマゾ的傾向がある、として正反対の感想を抱いているが、そもそも詮衡委員というものはお互いに相容れない文学観を抱いてる人間の集団であるべきなので、そこにほとんど無化的な評価の分裂が見られても、それでよしとするしかない。

第49回
1963年前期
個人的評価★

カイ 上質の文学である。候補作品の中で群を抜いていた。彼女の作品にはマゾ的な傾向がある(丹羽文雄)
ヤリ これは多数決である。いいもわるいもない(石川淳)