青果の市  芝木好子

  1960年代、いわゆる流通革命というものがアメリカから日本に上陸した。林周二の「流通革命」が出たのが1962年。その革命の内容は問屋を外して小売がメーカーと直取引することにより、中間マージンをなくして価格を下げるというものだった。小売がその力をつけるための手段が多店舗化(チェーンストア)であり、チェーン化を慫慂するコンサルタントが盛んに活動をした。コンサルタントたちは自分達の権威づけのために何かというとアメリカを引き合いにだし、アメリカに追いつけ追い越せとその顧客の尻を叩いた。その結果確かに日本は便利になり豊かになったが、必然的に画一化された社会になってしまった。またパトリとしての共同体も失ってしまった。
 戦前の統制経済下の築地市場を描くこの小説を読めば、流通革命なるものは、何もアメリカの教導がなくとも、大戦の前の日本に既にその機運があったことが分る。小売が産地買いをしたり、問屋機構の整理がされたりしていたことが分るのだ。小説のヒロインは仲買商で、その「流通革命」のために苦境に落される。あたかも60年代以降の革命で駅前の商店が苦境に落ちたように。
 小説は、終結部にひとしきり理屈が急いだ後、生命の強さへの信仰で終っている。なんだか往路だけで復路がないような、奥行きのない結末だ。これにはわけがあって、宇野浩二の選評に「この小説の主題が、この重大な時に、差し支えがある、という事が問題になって、(中略)結局、終りの方を作者の諒解を得て、直してもらって、発表しよう、という事になった。」とあり、また瀧井孝作も「読後すこし淋しい感じの残る点物足らぬ感じがした。これは銓衡会の席上で、いろいろ問題になり、結局作者に、結末の所を描足してもらえば宜いと云うことで、授賞と定った。」と書いている。つまり時局への遠慮から、書き直された結末だったのだ。「少し淋しい感じ」とあるから、何か戦意高揚上マイナスの部分があったのか、それとも多分、統制経済への批判と受け取られることを恐れたのだろう。

第14回
1941年 後期
個人的評価 ☆

カイ しっかりした筆で、しかも素直に描いてあり、小説になっている(久米正雄)
ヤリ さして新らし味もないので、賞に価しない、と思った(宇野浩二)


 同人誌「文藝首都」同人からは半田義之に次いで二人目の受賞者。保高徳蔵主催のこの同人誌は、三十八年間に亘って発行され、芝木のあとにも北杜夫田辺聖子中上健次芥川賞受賞者、それに大原富枝、佐藤愛子、なだいなだ、日沼倫太郎と多数の文人を輩出した。どんな学閥も背景に持たない一匹狼の文人を多数救い上げたことに保高の功績があった。