登攀 小尾十三

  日韓併合時代の日本人教師と朝鮮人生徒との交流を描く。「生徒への愛」、とストレートに書かれた時、思わずその生徒の性別を確かめ、もちろん同性と分った後も、すわ同性愛の小説かと思ったほど、この時代における「愛」という言葉の感触が解らない自分だった。北原教師と三人称で語られるが、ベタに書き手と一体化した人物で、北原=書き手は、朝鮮人を皇国臣民とする国の政策に深い疑義は抱いていない。また、すべての朝鮮人がその日本の政策に抵抗したわけではなく、同胞に野卑で利己的な農民しか持たぬ生徒の少年は、北原教師によりすぐれた人間のあり方を見、心底自分も日本人になりたいと思う。彼の周囲で沸き起こる愛国的な思想運動にも、一方で心惹かれながら。そのような朝鮮の少年は確かに存在していたに違いない。小尾自身、朝鮮人の優秀さを信じていた。日本もいずれ社会主義国家になると信じ、その時、独立国家であるよりも朝鮮自治州という形態のほうが、朝鮮人の才能の開花に益すると信じていた。しか、しこの作が芥川賞を受賞してしまったという事もあり、小尾は後々まで朝鮮人作家に「独善」「愚劣」と難じられ続けたとのことである。
 小説技術的には、本人も作中で廻りくどい、と言っているように、二人が心を通わす金剛山登山シーンの、小説中に置かれた位置が悪く、その効果を減じている。

第19回
1944年 前期
個人的評価 ★

カイ  誠実な大問題がひしめき、暗怪に衝突し合う息苦しさの魅力(横光利一)
ヤリ  作の遠近法などがめちゃめちゃで未だし(佐藤春夫)