蹴りたい背中  綿矢りさ

 この小説の導入部、それは著者が何度も書き直しした部分でもあるが、「ハッ。っていうこのスタンス。」それから「ちょっと死相出てた。ちょっと死相出てた。」というようなところでメゲたりせずに、むしろそういう文章の洗礼を潜り抜けることさえできれば、後は良質の小説というものを味わうことができる。19歳の女性が書いた小説に、「手垢のついていないピュアな生命、その懼れ、その喜び」などと言っても詮無い気がするが、感得したのはそのようなことだ。

第130回
2003年後期
個人的評価 ☆☆

カイ  何かがきわまりかけて、きわまらない。そんな戦慄を読後に伝える(古井由吉)
ヤリ  私には幼さばかりが目につく作品(三浦哲郎)

 毎回引用している大森望氏の文章―受賞会見のとき、膝小僧にバンドエイドかなんかを貼っていて、記者が「その膝は?」と質問したところ、めちゃくちゃ恥ずかしそうに手で絆創膏を隠しながら、そのときだけ京都訛りで、「いやぁ、やっぱりわかるか......」とつぶやき、そのあと消え入りそうな声で、「すみません、自転車でぶつけて」と謝った。芥川賞受賞会見史上、最萌の瞬間。―とあるが、彼女の「You can keep it」という小説に、「日本の近代小説は息の根を止められた」と感想を漏らした保坂和志をはじめ、バンドエイドを貼った可愛い脚に蹴られて、瘋癲老人さながら悶絶してしまった人は多いのではないか。