確証  小谷剛

 敗戦後四年にして再開された芥川賞の最初の受賞作。「確証」、とは何の謂いか。それは「一旦女に対して商品以外のものであることを望むとき、そこに始めて、勝敗を伴う厳しい闘争の世界へ、私たちは足をふみ入れなければならない」、とあり、つまりその闘争の勝利を決定するための「確証」、平たくいえば女が演技ではなく真に感じていることの証しということらしい。それは「快美感に到達しようとして努力する女の肉体のうごめき」「全身の痙攣」「うめき声」であるとしている。その「確証」を得るために十七歳くらいの少女や、「リットル病」を病んでいる女を我が物にしようとするが、結局その「確証」は得られず、「憎悪と侮蔑」の中にまみれてしまうという話である。
 なぜこのような小説が書かれたのか。敗戦後、米兵に女を取られて、それを取り戻そうとするが、すでに敵国の男に体を売った日本の女からはどのような「確証」も得られない、―俺たち戦争に負けた男の肉体の下でもどうか歓喜に悶え苦しんで見せてくれ、敗戦の恥辱から俺たちを救ってくれ、というような希求の表れ、とでも解釈すれば面白いかも知れない。この人は実際に産婦人科医だったらしいが、そちらの商売には影響がなかったのだろうか。

第21回
1949年前期
個人的評価 ★★

カイ  才筆である(坂口安吾)
ヤリ  思想的根柢のない安易な露出趣味の文学(岸田國士)

  同時受賞の「本の話」ともう一つ同様の作風の小説(光永鐵夫-雪明り) との二作受賞(一作だけでは芥川賞の水準に満たず、二作足し合わせて、ようやく水準、という変な加算が行われた)が濃厚だったが、それだと「二編とも緩和な上品な作で、これで芥川賞の性格がこういうもの(瀧井)」だと思われることを危惧し、片方を落して、人間の悪を抉り出すような本作を強引に抱き合わせ受賞にしたというのが審査の実情らしい。「瀧井さんや川端さんが、小谷をきらいなのは、よくわかる。それは、悪達者で、はったりが多く、興味のもち方が低い点で、カンベンがならぬのであろう。そう思ったので、私は、却て、小谷を推してやりたくなった。(舟橋聖一)」「瀧井さんは、この作者は傲慢不遜だという意味のことを言ったが、かえってそのために私は支持したいのである。(丹羽文雄)」という選評を読むと、ほとんどこの舟橋、丹羽両委員の「へそ曲がり」で受賞したようなものだと分る。戦後初の芥川賞が確かに上品なものだけであっては困りもするのだろうが、落された光永が気の毒だ。
 「確証」の受賞に不承不承賛成していた佐藤春夫は、後に、石原慎太郎が「太陽の季節」で受賞したとき、「低級な風俗小説、美的節度の欠如、またしても小谷剛を世に送るのか」と書いた。しかし、石原の受賞後の作、「処刑の部屋」や「完全なる遊戯」はそれを模倣した強姦事件が起きて問題となったが、小谷に模倣犯が出たという話は聞かない。本作は鴎外の「魔睡」を医者の内面から書こうとした試みとも言えなくもないのに、最初から「不快」「露悪趣味」「はったり」という評語とともに名前を売り出された小谷も気の毒と言えば気の毒である。