北の河  高井有一

 十五歳のときに母を失くした経験を三十三歳の時に書く。その年齢でなければ獲得できない、静かで重厚な文章で。私小説の体裁を持つこの小説は自ずから脚色された現実をしか描出できない。母の死をめぐる経緯をすべて書いたものではない、ということは筆者も認めるところである。審査員たちは気のない調子で授賞することを決めている。しかし、この抑制この節度こそが、文壇の先達が受け入れる、正統的な日本の小説が持つべき属性なのだ。本来は私小説書きではない作者がこの作で芥川賞を受けた。小説に書くまで十八年を要したという作家の内面の変遷、小説という方法による人間のその内面的成長と、それを顕彰すべき文学賞とが素直に出会った稀な例の一つであると思い、この作品の幸運を私も素直に喜びたい気持ちだ。たとえそれが候補者なだいなだや渡辺淳一を落選させる、という不運を伴うものであっても。

第54回
1965年後期
個人的評価☆☆

カイ  地味で古風かとも思えるところに、質実で丹念な観察と描写があって、これはこれで一つのもの(川端康成)
 
ヤリ  こういう小説は当選しやすい作品である。もちろん良かったから当選したのだが、こういう作者の身の構えが、審査員の気に入るということは、作品のよし悪し以外に考え直してもよいことであろうと思った(丹羽文雄)