鍋の中  村田喜代子

 不可解な小説。不可解であるにもかかわらず、そこから文学的感銘を受ける、という経験は珍しい。
 高校二年生の「たみちゃん」が夏休みに祖母の家に行き、自分の十三人の大叔父叔母の話を聞く。駆け落ちした大叔父がいる。気の違った大叔父がいる。大叔父の一人はハワイに行って結婚している。そして、ひょんなことから自分の母親が別にいることを知る。しかし、その話をする祖母の記憶があやふやで不確かであることも知らされる。結局は良く分らない。「おばあさんの鍋は恐しい」。
 この小説の不可解性が、どこまでが作為の効果で、どこからが放置の効果なのか、そのこと自体も何か不可解なものに感ずる。
 文庫本の裏表紙に、「家族を思い、人と人との絆を知る」という、まるで見当違いとしか思えない解説が寄せられる、というのも不可解。
 しかし、この小説の不可解性の根本は、題材である少年/少女時代の「夏休み」というもの、それこそが不可思議の王国であるということに拠っているのだ。

第97回
1987年前期
個人的評価☆☆

カイ  ひと夏の子供らの旅行が、作者のまったくの空想だとしたら、やはり、力量というしかない(水上勉)
ヤり  作品を通しての少女の口調のどこに、現在の作者の声が節目となって凝縮しているのか、読む側としてはもどかしい(古井由吉)