鶸  三木卓

 敗戦後、満州闇市で煙草を売り捌いて生計の道をつける兄弟を描く。飼い鳥の鶸を手放し難い思いから、自ら絞め殺すところがヤマだが、その場面が全く浮いていて説得力なし。最後の父の死の場面も浮いている。しかし題材とタイトルとで10点がとこ底上げがされているので辛うじて拾われたのだろう。本作は、北京からの引き揚げを描いた加藤幸子の「夢の壁」とは別の視界が開ける、満州からの引き揚げを描く連作「砲撃の後」の一編である。

第69回 
1973年前期
個人的評価★★

カイ  荒けずりだが、敗戦直後の満州の現実への視点がしっかりしている(大江健三郎)
ヤリ  小説の脊骨が弱い。筆が甘い。読んでも頭に沁まなかった(瀧井孝作)
 
 近作の、妻である詩人福井圭子の看病記「K」など、機会があれば読んでみたい。
 作者はH氏賞詩人であり、その後も種々の賞を受けた。北原白秋の研究をし、ロシアの児童小説を数多く翻訳し、日本芸術院賞・恩賜賞を受け、芸術院会員となった。紫綬褒章および旭日中綬章を受勲している。 彼は文学の世界では功成り遂げた成功者であるが、彼の生の官能は少年のとき鶸を絞殺するところに極まっていたのではないか。その官能を十全には作品化できなかったまま、詩から小説へとシフトしていくその軌道は、文学的には、俗化し零落を辿った道のように思える。そのような作者が、詩の雑誌で知りあって結婚しながら、ほとんど別居して過ごし、最晩年は癌を病んだ妻に、詩人というものの負の側面を突きつけられるというのは、ほとんど「詩」と「少年時代」からの報復のように思える。しかしその俗化は、癌の痛苦を訴える妻の安楽死を思いもする心に、かつて鶸を絞殺した自分の指の感触など甦るわけもなく、この上もないほどの辛抱強さでこの悪妻を看取る男になる、という倫理的な俗化である。