エーゲ海に捧ぐ  池田満寿夫

 イメージの散逸、奔騰ぶりがこの文章を読ませるものにしている。国際電話で会話するという状況設定とともに、短編としてはそれは有効な方法と言える。しかし彼の文業は後にも先にもこれだけである。版画家・彫刻家としての最初からの限界だったのか、それともバイオリニスト佐藤陽子の白い柔らかい肉体を得て創作動機たる女性の肉体への渇仰は消失してしまったのか。結果的に彼は他の(多分)有為な専業的作家志望者(七人の候補者のうちその後芽が出なかった上西晴治、寺久保友哉の二氏)の機会を奪ってしまった。余計なことをしてくれたものだ。

第77回
1977年前期
個人的評価★

カイ  道具立てが華やかで、作者の感性がきらめくのだが(その点も、私は好きだ)、むしろオーソドックスな小説といえる(吉行淳之介) 
ヤリ  人間関係を一つのカンバスに嵌め込んだ新しい試みはあるにしても、読後、その試み以上のものは出ていないと思った。(井上靖)

 すでに版画家・彫刻家として名を成していた池田の受賞は一種の異業種参入と言える。近年目立つ異業種参入は辻仁成(歌手)、町田康(パンク歌手)、川上未映子(歌手)、という歌手路線か。このほか尾辻克彦(前衛芸術家)、柳美里(役者)、唐十郎(旅芸人)といったところ