共喰い  田中慎也

 その受賞会見が話題になったので、YouTubeで見てみたらびっくり。思わず「ダメだコリャ」、というチョーさんのような嘆息が出た。「小心臆病な、感受性過度の、緊張過度の、分裂性気質の青年」、というのは三島由紀夫が「小説とは何か」の中で描いた小説の読者および小説家そのものの戯画像だが、まさにそれそのものを見ているような気がした。私が今見ている人物が「作家」なのだとしたら(彼はこれまでにも複数の賞を受賞している高名な「作家」なのだが)、これは今更の話だが、作家というものも地に堕ちたものだ、と思った。今回石原委員に加えてベテランの黒井千次氏が辞任するというので、私はひそかに往年、村上龍池田満寿夫の受賞に反対して委員を辞任した永井龍男と同じ事情なのだろうと考えた。しかしそうではなく、黒井氏こそこの作を推奨しているのだった。
 「貰っといてやる」と会見では見栄をきっていたが、受賞の言葉を読むと「この賞への思いは途切れたことは一度もなかった」とある。つまり彼はウケを狙って前記発言をしたものだが、変に話題にはなっても、話としては完全にスベっている。相方の受賞者と比較されて、中上健次の様に古い文學と言われたが(中上が古いとは決して思わないが)、受賞で醜態を曝したところは中上に似ているので、もしかしたら今後が期待できるかも知れない。
 しかし、趣味に合わないという点はいかんともし難い。「共喰い」というタイトルから私にはすでに許容外である。ページのことごとくが不潔なので、おそるおそる手が汚れないように読んでいたら、いつの間にか、人殺しになって、それで終っていた。再読するのも億劫なので「評」を書くことは棄権するが、文中のセックスという言葉を、お○○こ(下関では○んちょ、か)にしたら、アラ不思議、この不潔さが一転消えてしまうかも知れない。―そんな芸当は往年の村上龍にしかできないか。
 今後も彼の作を好んで読むことはないと思うが、彼の受賞自体にはおめでとうと言いたい。これで名実ともにプロの作家だから、今まで仕事をした事がないという40歳のニートの方が、一人減ることになり、それはめでたいことである。「引きこもり」は構わないけど、スベらない話がしたければ、もう少し外に出た方がいいよ。本作も最後の一行で見事に滑っているからね。

第146回
2011年 後期
個人的評価 ★★

カイ 文章が躍動し作品の密度が高い/暗い力が潜む描写/生命の地熱を感じさせる/歴代受賞作と較べても高い位置を占める小説。(黒井千次)

ヤリ 「お化け屋敷」のショーのように次から次安手でえげつない出し物が続く作品(石原慎太郎)