鶏騒動  半田義之

 舞台は日本のどこかの寒村で、そこには文化も何もない、ただギリギリ生存だけが関心ごとである。そこに業つく婆あが住んでおり、亡命ロシア人が紛れ込んでくる。こういう道具立てなので、てっきり金貸しの老婆を殺害したラスコーリニコフの向うを張って、日本の業つく婆が亡命ロシア人を殺して小金を盗む話かと思いきや、そんな進展はもちろんなく、当のロシア人からいくばかくの金を寄贈されると、老婆のえげつなさはどこかやらに消えて、たちまち宥和の世界が広がるのだ。ロシア革命を逃れてきたロシアブルジョワと日本のプロレタリアとが作って見せるかりそめのミニ共産社会ということか。生存の過酷さが描かれる中でのこの結末では中途半端な小説という感想は否めない。

第9回
1939年 前期
個人的評価 ★

カイ  意外にユーモラスな人間味に富んだもの(久米正雄)
ヤリ  何やら人として信頼出来ないあくどさが作品のなかにのぞき出ている(佐藤春夫)

「回想の芥川・直木賞」に拠れば、詮衡委員会にはほとんど出てこない菊池寛が、珍しく会の場で本作を読み通し、「これはいい。今度の当選作だね」と言った由。「これはいい、と云って、君は他の作品も読んだのか」と言う久米正雄に、「ほかの作品は読まないが、読んだって、間違いなくこれが一番だよ」と応じた。半田は、受賞を機に国鉄を退職し作家生活に入るが、菊池に気に入られた割には、文壇への足がかりを得られなかったらしい。戦争中は、海軍報道班員となったが、敗戦後ふたたび国鉄に戻り、国労の文化運動に従事した。1970年に自殺、享年59。自殺の動機は伝えられていない。