苦役列車  西村賢太

 作中、「頭の悪い文芸評論家や編輯者みてえな 生っ齧りのごたく」という言葉があるが、これだけでも西村賢太の腕力は信頼すべきだろう。
いきなり、「嚢時」(のうじ)とカマしたのに始まり、なかなか味な語彙を開陳する。「閑所」(かんじょ)、「慊い」(あきたりない)「気嵩」(きがさ)。次いで「黽勉」(びんべん)。もう、降参です。さらに「嵩押し」、「立前」。これらの大時代な語彙に合わせて、会話の口調も古い。貫多のセリフ、「せいぜい仲良くおやりよ」って、いつの時代の話だ。

 西村賢太ハイライト。

 貫多の口から呪詛が洩れ、それにつられるようにまたもや先の糞腸(くそわた)淫売の股ぐらより、不様にビロンとはみ出していた黒い襤褸切れみたいなものを思い起して、彼は激しい自己嫌悪に頭をかきむしるのであった。
 
 コシケの量が多いのは仕方がないとしても、股間からうっすら大便の異臭が漂ってくるのにはさすがの彼も辟易し、折角の舌技を磨く練習も、そのコツを摑む前にあまりの気色悪さに気押されて、断念せざるを得ない不甲斐ない態たらくであった。

 なんとまあ。
 御用とお急ぎでない方は、読んでみてらっしゃい。私は忙しいので先に行くけれど。
 ―いっそ、彼を落選させて、「頭の悪い詮衡委員どものごたく」、とでも言わせてみたかったな。

第144回
2010年 後期
個人的評価 ★

カイ  「色の黒いの七難隠す」(石原慎太郎)
ヤリ  卑しさと浅ましさがひたすら連続するだけ(高樹のぶ子)