異邦人  辻亮一

 小説の舞台となる「木枯国」ってどこの国のことなのか、しばらく状況が良くわからないまま読む。敗戦後、敵地の収容所に留めおかれた捕虜たちの話なので、木枯国とは中国の、満州のことなのだろうと、漸く見当がついたが、それでも架空の国を想定してのフィクションなのかという疑いが残った。選評を読んでどうやらやはり満州のことであるらしいと分る。―当時、符牒として、通称として使われていたのだろうか。敗戦後、戦争を描いて初めて受賞した小説であるが、まだその時、満州などと書くことは忌避されていたのだろう。満州とは書けず、かといって中国でもなし。異邦人とは中国人の中の日本人虜囚のことか、それとも共産主義者化していく同胞たちの中でひとりその思想になじめない主人公のことか。収容所で共産主義に要領よくさっさと転向した日本人が、まだ転向できない同胞をいたぶるありさまが描かれる。権高で傲岸な共産主義者に思想教育を受けるという、息苦しくなるような人間の苦境。この人間がもたらした苦境は、プラトーノフ描く苛刻な自然の中の人間の苦境以上のものがあるが、彼の作との決定的な違いは、この作にいまだ甘い叙情が漂っていることである。すでに1942年、カミュの「異邦人」は書かれ、「存在に汚染されない死」の問題は提起されているのに、私などを含め多くの日本人はまだ久保田早紀「異邦人」の如き感傷的世界にとどまっているのだとすれば、それは慙愧すべきことではないか。 
第23回
1950年 前期
個人的評価 ★
カイ 作者の人柄が滲み出ているという点で、今までの日本文学ではユニイクではないかと思った(丹羽文雄)
ヤリ 人柄の良い作家らしいが、その人柄を頼りに書いてあるような所がある(石川達三
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