玩具  津村節子

 登場人物、春子の夫の志郎とは吉村昭のことか。十姉妹や独楽鼠やランチュウを飼い、機嫌が悪いと万年筆をぶつけてくる、脱サラの売れない作家志望者。そうすると津村は近作の「紅梅」に至るまで吉村で始まり吉村で終った(終っていないが)ことになるか。津村は直木賞の候補に三回なった後、芥川賞の候補にまわり、昭和40年、二回目の候補で受賞している。吉村の奇癖を暴くような本作によって。一方吉村は昭和33年から37年まで四回候補になりながら、ついに受賞していない。全くの不遇時代に妻のほうが先に受賞してしまう。吉村のほうが万年筆をぶつけられてもおかしくない。また作中津村は夫の文学的才能に信を置いていない、とまで書いている。まるで修羅の夫婦のように思えるが、二人はその後ちゃんと添い遂げているのだ。はて、玩具、とは何のことか。
第53回
1965年前期
個人的評価★
カイ  随筆風の作だが、随筆風に書いて、これだけ潤いのあるのは佳い(瀧井孝作)
ヤリ  この書き方ではどうも狭すぎて小説の世界にはならないという憾みがある(石川淳
)