城外 小田獄夫

 これは私小説なのだろう。著者の杭州領事館勤務時代の周辺を描く。しかし読んでみると領事館書記というものは仕事がないのだろうかと驚く。仕事のことより、脳中には女と文学のことしかないようなのである。これでは日中関係がこじれるのもむべなるかな。いや既にこじれてしまっているので一介の書記の出る幕はないと解すべきか。さらに好意的に解釈すれば、領事館の業務内容は外交秘で明かせないということなのだろう。そうは言っても女と文学とに頭を占領されている公務員の、それも他ならぬ中国の領事館員のそのような行状に触れて、小説を味わうというよりむしろ心寒い思いがした。前回の第二回芥川賞の詮衡(当選者なし)は二・二六事件の当日になされたらしい。そのような世相の中で作家のみならず評家も、このような観想的世界に安穏としていたかのように思える。
 小田には魯迅の紹介者という一面があった。その「魯迅伝」に触発されて太宰治が「惜別」を書いたが、これは大東亜会議の精神を知らしめる為に内閣情報局と文学報告会が太宰に委嘱して書かせた「国策小説」でもあった。太宰にはもともと自殺嗜好があったとしか思えないが、文壇の主流からは弾かれ、時流に便乗した作品を書いて友人に落胆されなどして、太宰はますます追い詰められていく。

第三回(1936年前期)
個人的評価 ☆

カイ  文章のしっかりしている点で一番感心した(瀧井孝作)
ヤリ  当選はやや幸運の感なくもなし(佐々木茂索)span>